熊本地震に関連した「解説記事」

熊本地震調査の概要

東城清秀(会長・東京農工大学)

 2016年4月14日夜と16日未明に発生した熊本県と大分県を中心とする熊本地震の被害・復旧状況を調査する目的で屋代幹雄氏を団長とする熊本地震調査団が組織され,その一員として2016年9月21日熊本にて聞き取り調査に携わった.詳しい調査報告は後日,取りまとめられる予定であるが,ここでは調査の概要と所感を述べたい.

 屋代団長の日程調整により,2016年9月21日に(株)井関熊本製造所,(株)ヰセキ九州,九州沖縄農業研究センター,農水省九州農政局を訪問させていただいた.これらの機関・事業所を一日で調査するというハードな日程であったが,訪問しなければ伺えない貴重なお話もお聞きできて,大変有意義な調査であった.貴重なお時間をいただいた関係の皆様に,この場を借りて御礼申し上げる.

地震の被災状況

 熊本県益城町の直下を震源とする2016年4月14日の地震はマグニチュード6.5,16日の地震はマグニチュード7.3でいずれも震度7とされている.震源の深さは11~12kmと比較的浅く,熊本県から大分県に渡る断層帯での地震活動であった.本震と思っていた14日の地震の後,再び16日に大きな地震を受けたことで物理的な被害だけでなく,心理的なダメージが大きくなったようにも感じている.本調査日はこの2回の地震から半年後であったが,被災地の一部には倒壊した建物群がそのまま残されていたり,熊本市内にも屋根にブルーシートがかかった家が点在するなど,地震被害の大きさが感じられた.

 農地の被害は法面の崩壊,農地の亀裂・沈下,液状化といわれているが,農地にはその後作物が栽培されているため,道路等の被害のような生々しさはやや薄れたものであった.しかし,水田に亀裂が入ったところでは,臨時に畦を設けて湛水できるようにして稲を栽培したり,水が入らないところでは畑作物を栽培するなどの工夫をしていて,農地がモザイク状の利用形態になっているところから,農地被害の実情を知ることができた.

 農業施設の被害では,畜舎の倒壊によって家畜が死亡したり,乳業施設が被災し集乳できなくなった地域があった.また,農業用ハウスでは高設栽培設備の破損や配管等の損傷により作物が枯死したり,ライスセンターやカントリーエレベータではベルトコンベヤが損傷したため麦の乾燥を他地域の施設に受け入れてもらって凌いだとの話も聞いた.その他,ため池堤体の損傷,用排水路の損傷が発生し,用水が確保できなくなって水稲作をあきらめたところも多かったようである.

 農具舎や農作業小屋の被害については,多少複雑な感想をいだいた.熊本県は台風が頻繁に飛来して家屋に大きな被害をもたらすことから,台風に耐えられるように重厚な屋根瓦を被せた家屋が多い.今回の地震では,残念なことにそのような立派な屋根瓦の家がかなり倒壊した.これは,瓦の重さに建物の強度が耐えられなかったからとの指摘がある.農具舎・農作業小屋も強度が弱い構造のものは倒壊したが,その中で比較的しっかりした構造の施設は軽量であったため倒壊を免れて,地震後に臨時的な避難施設として利用されたものもある.農業施設の強度をどの程度にすることが妥当なのかわからないが,施設内にちょっとした水道や電気が設備されていれば,このように一時的な避難施設として利用でき,農作業等の継続も可能となることが示された.

復旧・復興への取り組み

 農業関係の地震被害の実態調査は熊本県が中心になって実施され,主に農業研究センター職員や普及指導員がその任に当たったとのことである.自身も被災者という方もいた中で詳細な調査が実施され,それを基に復旧・復興計画が立案されている.農水省は農研機構九州沖縄農業研究センターに被災地域の営農再開に向けた調査研究を依頼して,調査を実施している.主な内容としては,①熊本地震が農地の地盤構造に及ぼした影響,②熊本地震が農地の土壌・地下水に及ぼした影響,③被災地における水稲の生育への影響,④水稲の代替作物として作付けされた大豆・飼料作物の生育特性調査,⑤被災地における果樹・野菜の生育への調査である.この調査には,農研機構の農村工学研究部門や農業環境変動研究センター,熊本県農業研究センターも関わっている.ただ,これは2016年度だけの事業で,研究要素は少ないが,得られた調査結果は今後の創造的復興事業に活かされていくものと位置づけられている.

 この調査では,最新鋭の無人航空機(UAV)のレーザ測量によって,50cm間隔での地表測量データが撮影されたとのことである.ただ,地下部については,電気探査等は実施されたが具体的な損傷程度が明らかでなく,阿蘇山から熊本市内に広がる地下の水システムがどのような影響を受けているのかは明確になっていないとのことであった.また,農業用パイプラインの損傷については手つかずのようである.

 熊本地震によって水稲作は大きな転換を余儀なくされ,用水が不要な大豆作が選択された.集団営農によるブロックローテーションが進められてきた地域では,今回の大豆への切り替えも比較的円滑に行われたようである.しかし,このような大規模な転作で問題となるのは,やはり農業機械の問題であった.大豆の播種に対応できる機械を保有しておらず,植付け時期を逸しかねなかったが,農機の販売会社が組織力を使って全国から播種機を集め,オペレータ付きで貸出して支援を行い,この窮地を乗り切ったとのことである.いざというときに,しっかりした支援体制を構築できる農機販社の力を思い知った.これからの復旧状況も先が見えない中で,大豆播種機などの機械を購入するのはリスクも大きいが,販売会社の取り組みは地域の農業を支える鍵になりそうである.また,今後予想される農地の凹凸を解消するための均平作業,繁茂した雑草対策,地力差が生じた圃場の管理などに高度な機能を有する農業機械は強力なツールとなると感じた.

 具体的な復旧・復興支援策は熊本県や農水省九州農政局から示され,すでに実施されている.農業機械の修理や新たな購入については費用の9割が補助されるなど,手厚い支援策がある.また,実質無利子の貸付制度や様々な経費に対する助成もあり,営農再開に向けた支援制度が整っていると思えた.その一方で,これらの支援策がどのように,どの程度農業者に伝えられているのか,また,農業者からのフィードバックがどのように戻されているのかが気になるところであった.

被災と復興に関する学術的な調査研究

 熊本地域は2016年4月の震災後も集中豪雨や台風,噴火などの被害を受けて,復旧もままならない状況にある.このような大きな被害ではないまでも,近年日本のどこかで大きな災害が発生している.2015年は,関東で鬼怒川の堤防が決壊して1400haの農地が被害を受け,被害額75億円と報告されている.被災の状況はそれぞれ異なるが,被災後の農業をいかに迅速に復旧し,農家が農業を再開・継続できるようにするかが課題である.農業者の高齢化に伴い被災を機に止めてしまう方も少なくない.被災農地を元通りに戻すだけでも時間が必要であるが,それに加えて,様々な設備や資材も整える必要があり,状況によって作目を変更しなくてはならない.経営的な要素が強いかもしれないが,被災した農地や設備の調査を迅速に実施し,農業を復旧・復興させるため研究基盤や学術的な体系作りが必要なように思える.例えば,被災調査方法の定式化,データベース化,被害状況の基準・表記方法,新たな機器を用いた観測・計測法など,検討が必要なことは多い.

 今回の熊本地震の影響調査を通じて,あらためて農作業学が包含する領域の深さと果たす役割の大きさを感じた.

(農作業研究 第51巻第4号「解説」を一部改)

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