東日本大震災に関連した「声」

科学・技術への信頼回復を期待して

塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授)

1.3.11 の衝撃,それを克服するための長い道程

 3月11日に東日本の太平洋沿岸部を襲った地震・津波は,「科学的地震予測」・「技術的防災施設」の“想定”をはるかに超える大きな規模の自然災害として未曾有の大被害をもたらした.

 それを引き金として発生した東京電力福島第一原発の事故は,政・産・学の仕組んだ科学・技術的装いの「原発安全神話」を完膚なきまでに崩壊させた.この人的災害はかつて経験したことの無い未知の領域に及ぶ被害をもたらしている.その終息の先は見えず,人々を恐怖に陥らせている.〈安全性が担保されていないシステムは「技術」とは言えない〉

 これらの被害を克服する道は復旧・復興で終わるものではなく,また終わせてはいけない.この機会を日本文明再生の契機として受け止めたい.

 私たちは,現在の社会,科学・技術,そして暮らし方について,そのあり方を省みて,パラダイム転換の道を熟慮し,再生の道に踏み出す覚悟を決めなければならない.

2.科学・技術への信頼の揺らぎ

 科学・技術は戦禍を克服し,経済を成長させ,豊かな暮らしをもたらしてくれた原動力として,日本国民の揺るぎない信頼を得てきた.

 ところが3.11はその信頼を大きく揺るがせた.地震・津波の予知・対策の至らなさについてはまだしも,原発の事故や拡散した放射性物質の影響の公報・報道・解説については重大な問題があった.現場で生起した事象は隠蔽されがちだった.また,政府機関や東電の「広報」や“専門家”と称する科学者・技術者のもっともらしい解説は,事後に明らかとされた事実に照らしてみると虚言ではなかったのか.情報に耳目を凝らしている広範な国民が疑いを持たざるをえない状況があった.

 このような事態が生ずる背景に,官・産・学の原子力関係者のみによる閉鎖的・独善的な「原子力村」の存在があることがクローズアップされた.

 地震・防災領域では,科学的理論・工学技術が専行・先行して,フィールドや歴史的文献に刻まれた記録が疎かにされてきたのではないかと言う研究の方法論上の弱点について,自戒の念が表明された.

3.科学・技術への真の信頼創成の可能性

 今日ほど,日本国民一般の科学・技術に対する信頼が揺らいでいるときは無かったと思う.しかし,その一方で,人々はより具体的で正確な科学的理解とデータを求め,そして事態を解決するための実施可能な技術を求めている.

 やはり,現状を克服し,再生の希望の道への扉を開く鍵は科学・技術であり,それを安全に安定的に運営させる人間力を伴ったシステムである.

 なかでも,人間の制御しえない危険な原子力に代わるエネルギー源として,再生可能な自然力を効率よく安定して利用できるようにすることは,これからの日本の科学・技術の大きな課題である.

4.農作業学会に期待すること

 ところで,農作業研究の成果を利用するのは誰だろうか.研究者,普及指導員や農機・施設のメーカーであったりするが,最終的には農業生産者であろう.受用者が研究の結果を評価し,信頼してこそ,その成果は有効に活用される.

 農作業学会が研究者仲間だけの閉鎖的な小さな「農作業学会村」になってはいけない.

 研究課題・方法として,受用者・評価者である生産者のフィールドにもっとこだわってほしい.組織として, もっと受用者等に広く扉を開く工夫をしてほしい.受用者等評価者の研究への参画が研究の緊張感,信頼性を高めることになると思う.

 太陽エネルギーの最も安全で安定した利用は農林業によるバイオマス生産である.農業部門の研究者・組織に課せられた役割は大きい.

(農作業研究 第46巻第3号「声」より)

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