東日本大震災に関連した「声」
空に太陽がある限り,地にバイオマス生産があり,人間の暮らしがある
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授)
1.空に太陽がある限り
前回の「声」への投稿で,私は「人間の制御しえない危険な原子力に代わるエネルギー源として,再生可能な自然力を効率よく安定して利用できるようにすることは,これからの日本の科学・技術の大きな課題」であり,「太陽エネルギーの最も安全で安定した利用は農林業によるバイオマス生産である.農業部門の研究者・組織に課せられた役割は大きい」と書いた.
太陽エネルギー利用は電力だけではない.現在,太陽エネルギーが,安全に,そして安定して,最も有効に人間生活に利用されているのは,植物の光合成によって同化され,有機合成されたバイオマスである.人間はバイオマスを食・衣・住・燃料などのための資源として広範に活用してきた.
私は今,農業高校教科書『農業と環境』の作成に携わっている.農業と環境の関係について,「私たちが暮らす地球に外部から加えられるエネルギーは,太陽エネルギーのみである.太陽の光エネルギーを利用して,植物は二酸化炭素と水から有機物を合成し,からだをつくっている.・・・光合成の過程では,生物の生命活動に無くてはならない酸素を放出する.こうして,植物が地球を“生命の星”とした」ということから書きはじめた.
そして,生物は有機物を異化したときに発生するエネルギーを使って生命活動をおこなっている.
太陽のおかげで地球の生き物の世界が成り立っており,人類は生き物の一員である.
私は教科書の中で、バック・ミンスター・フラウの提唱した「宇宙船地球号」の理念を紹介した(『宇宙船地球号‐操縦マニュアル』,ちくま,2000).
「私たちが原子炉からのエネルギーにもっぱら頼り,自分たちの宇宙船の本体や装備を燃やしてしまう愚さえ犯さなければ,『宇宙船地球号』に乗った全人間の乗客が,お互いに干渉しあうこともなく,他人を犠牲にして誰かが利益を得たりすることもなく,この船全体を満喫することは十分実現可能なことだとわかっている.」「唯一,心を使ってのみ,人は一般原理を独創的に利用して,宇宙から無限に供給される物質的なエネルギーを局所的に活用し保存できる・・・.私たちのメインエンジン,つまり生命の再生プロセスは,風や潮汐や水の力,さらには直接太陽からやってくる放射エネルギーを通して,日々膨大に得られるエネルギー収入でのみ動かさなければならない.」
2.農林地・農林業の健全再生で,太陽エネルギーをもっと地球にとどめよう
ところで、一年間に地球に降り注ぐ太陽エネルギーは5.5×1024ジュールであり,その約半分が地表に届き、光合成によって植物に吸収される太陽エネルギーはその0.2%に過ぎない.人類の食糧エネルギーとなるのは,またその100分に1の0.002%だと言う(竹内・長谷川,『地球生態学』,講談社,1984).この利用効率を少しでもいいから高めたい.
そのための一番有効な方法は,農林地を健全な土壌生態系に再生し,その生産力を高めること,そして農の営みを多くの人々が享受できるような社会環境を作り,農林業を基幹産業として大事にすることである.そうすれば,私たちは農林生産物という現物としてのエネルギー素材を今よりずっと沢山手に入れることができるだろう.あらためて何か特別な植物などが必要なわけではない.植物生育の基盤は健全な土壌にあるのだから.
農林地における農産物生産と言ったら,そこはアグロノミストである農作業研究者の出番である.(agronomist: person who studies the art or science of managing land or crops.)
(農作業研究 第46巻第4号「声」より)