東日本大震災に関連した「声」
「東日本大震災への対応に関する緊急集会」での検討を受けて施設園芸のあり方を再考する
長﨑裕司(農研機構近畿中国四国農業研究センター)
1.はじめに
3月11日の大地震による津波により,東北随一の園芸産地である宮城県太平洋沿岸部なども大きな被害を受けている.園芸施設の被害と災害対応については,5月上旬に農研機構農村工学研究所の研究員他専門家が現状調査を行い,8月25日の農業施設学会大会の口頭発表において詳細が報告なされた.また,農研機構では4月から新たな中期目標期間に入り,農業イノベーションをテーマに掲げている.その中で,被災地域の多様な農業立地条件に応じた多様な農業イノベーションの選択肢を提供するとしている.
学会や公的試験研究機関レベルで各種提言がなされているところであるが,施設園芸に関して今後の一つの方向性を提案したい.
2.施設園芸の被災実態とその後の動向
前述した農業施設学会大会においては,農村工学研究所の森山,石井両主任研究員から,パイプハウスと大屋根型温室の被災事例調査がそれぞれ報告された.パイプハウスについては,津波の第一波到達時にパイプが地際から折れ曲がって倒壊していることが確認されている.名取市周辺では仙台平野を南北に縦貫している仙台東部道路が減勢工として作用し,その内陸側では倒壊を免れたパイプハウスも多かったものの,海泥の堆積や塩害を広い範囲で受けたことが報告されている.
大屋根型温室については,パイプハウスよりも強度が大きいものの,沿岸部では津波と漂流物の衝撃により多くの温室が倒壊したことが確認されている.内陸部の被害は軽微であったものの,パイプハウスと同様に塩害等の被害を受けている温室もあるとともに,停電・断水により換気窓等の環境制御装置や灌水装置が停止し,作物の生育障害や枯死が生じるケースがあったと報告されている.津波による直接的な被害を防ぐことは困難であるが,二次的な停電・断水にともなう被害は防ぐことが十分に可能と考えられる.
一方で,6月17日付けで(社)日本施設園芸協会から「東日本大震災の復興対策に係る施設園芸分野からの提言」が農林水産省に提出されている.「団地化され,大型化した,高収益の大規模施設園芸団地を被災地に建設する事業を震災対策の一環として実施し,将来的に東北地域が我が国の先進的な施設園芸地帯として発展することを目指す」という基本的な考え方が示された.現在のわが国の施設園芸関係者の主流といえる.
国の平成24年度の事業としては,例えば農林水産技術会議事務局においては,「新食料供給基地建設のための先端技術展開事業」が提案され,施設園芸技術についてもイチゴ・トマトを中心に取り組むこととされている.今後の動向に注目したい.
現場の動きとしては,東北一のイチゴの生産地である宮城県においては,主産地が亘理町などの太平洋沿岸部であることから,今回の津波で9割以上が被災したとされている.栽培を再開するのに不足する苗については栃木県から100万本計画で提供されると報道される(6月14日付asahi.com)など,9月からの栽培に向けて徐々にではあるが復興に向けて明るい話題があった.また,8戸の農家が農林水産省の耕作放棄地再生利用対策交付金を活用して,耕作放棄地に120棟のハウスを建てて営農を再開した事例もある.
宮城県としては,亘理・山元町で20haの作付けを目指し土壌の除塩を進めたものの,地下水の塩分濃度が高いところが相次ぎ,作付けが計画よりやや少なめにとどまっているとされている.地下水の除塩については,民間企業からの支援物資で淡水化装置が寄付されるなどの動きもあり,JAや普及センター,さらには農村工学研究所などが連携した現地試験が実施され,今後本格的な栽培での利用が期待されているところである.
3.農研機構近中四農研での取り組み事例
小規模でも施設園芸を再開させるのに有用な情報として,近中四農研の取り組みをいくつか紹介する.
これまで,低コスト・高強度ハウスの施工技術開発として,農家が自家施工できる建設足場資材利用園芸ハウスの開発に取り組んできた.岩手県一関市においては近中四農研の技術指導をもとに農業改良普及センターが計画して,地元の建設業者が施工した傾斜ハウスがある.資材コストは10a当たりで約300万円水準であり,同程度の強度のハウスの約8割である.
養液栽培関係の研究においては,省エネ型装置として,傾斜地形を利用し原水圧で給液を行う装置の開発にも取り組んできたが,現在はソーラーパネルで駆動される小型水中ポンプを利用した灌水装置について重点的に研究開発に取り組んでいる.既にメーカーより市販されており,ナスや花きの露地作を中心に30か所余りで使われている.
省エネ型施設園芸としては,冬期の暖房使用燃料の削減が課題である.中国においては,太陽熱を利用し厳寒地でも無暖房で野菜生産を行っている「日光温室」があり,現在では80万ha(参考:日本の園芸用施設全部で約5万ha)余りがあるとされている.
南側のみに透光面がある東西棟で,北・西・東面は土やレンガでできた固体壁となっている.昼間は日射熱が南側透光面を通して固体壁や床土壌中に蓄熱され,夜間には固体壁や床土壌内から室内へ還流する熱を利用するとともに,南側透光面を稲わらや分厚い断熱資材で覆うことで熱損失を防ぐ構造を特徴としている.
わが国において,日光温室をそのまま利用することは困難であることから,日本で約8割を占めるパイプハウスを日光温室化できる技術開発について,大学,民間企業,公立試験研究機関・普及指導機関と共同で取り組んでいる(図1).これらの技術が確立されれば,温暖地だけではなく,冬期の日照条件に恵まれた東北太平洋沿岸部でも十分に活用されると考えている.
図1 日本型日光温室実証ハウスにおけるミニトマト栽培
4.おわりに
農業イノベーションの達成には,高い研究開発能力だけではなく,それを受け入れる農業者の技術受容能力に合わせた技術の再構築も必要といわれている.一般に先導的な技術の実用化・普及には10年を要するといわれており,今回の大震災からの農業復興に新たな技術導入を図る場合には,最低でも10年計画で臨む姿勢が重要と考えている.
地域農研レベルでは個別対応が主とならざるを得ないが,個々の開発技術だけではなく高収益生産に結びつく総合化された技術提案ができるようにするとともに,引き続き低コスト・省エネに留意した技術開発に努めたい.
なお,本原稿をとりまとめるにあたり,農村工学研究所の森山英樹氏,石井雅久氏の2011年度農業施設学会大会講演要旨の内容の一部を引用させていただいた.また,最近の現地情報については,宮城県農業・園芸総合研究所の山村真弓氏から情報提供をいただいた.記して深甚な謝意を表する.
(農作業研究 第46巻第4号「声」より)