No.21 野菜作の減少は「労働力不足による」のだろうか?

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 10月に発表された農林水産省統計「平成15年産春野菜の作付面積、収穫量及び出荷量」を見ていると、野菜作には農作業研究者がガンバラないといけないなと思わされた。どうしてかというと、作付けの減少(1%)、収穫量の減少(4%)の原因のほとんどが「労働力不足」とされていたからである。春だいこん、春キャベツ、春レタス、冬春きゅうり、冬春なす、これらはいずれも「労働力不足により規模縮小があった」品目である。

 「労働力不足」と表現されている内容をもっと突っ込んで分析してみると、多くの場合、高齢化による作業負担能力の減退、適当な作業機がないか機械の作業能率が低いなどという作業上の改善対策が不十分であることが本当の原因であるということに行き着くものである。

それを裏づけるように、春ねぎでは、「茨城県などで収穫機の導入による規模拡大」があり、春レタスでは、長崎県等で「ばれいしょ等の重量野菜からの転換」などによって規模拡大があった。機械化、運搬手段、作業の方法など、取り扱う対象のハンドリング技術の改善が図られれば、規模を減らすどころか、逆に拡大することもできるわけである。

 私はかつて、府県における加工ばれいしょの「労働力不足」による減少を、カルビーポテトの技術者と協力して、回転半径の小さな自走式収穫機を開発し、それを組織化した栽培者のグループに導入することによってくいとめ、逆に拡大に転ずることに成功した経験がある。農作業学会でも発表した。最近の野菜用小型機械化の進展にはめざましいものがある。ぜひ、これらを活用して、生産を拡大できるような作業の研究をしてほしいと思う。

 また、労働力不足を補うために、一部の地域で「外国人研修生」を恒常的に受け入れていることが新聞などで報道されている。神奈川などの都市近郊野菜産地では就農希望者や農作業の好きな市民を積極的に受け入れている経営もある。これらの動向についても農作業研究者による調査を期待したい。

 

No.20 "Water-wise Agricultur" を考える

平成15年度秋期・鳥取大会「砂地農業の現状と農作業問題」での挨拶

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 ブラジルでの約2カ月の旅から帰ってきたところです。サンパウロ州、ミナスジェライス州、バイア州、ゴイアス州と、走行距離1万キロ、乾期(冬)のブラジルのさまざまな農業の姿を見てきました。

今日の「砂地農業」をめぐるシンポジウムに関連するものとして、乾期、乾燥地の農業は、とても参考になりました。一つは乾燥・水不足に耐える農業であり、もう一つは、乾燥した土壌と作物に水をやる潅漑農業であります。

 前者の典型としてはバイア州のカーチンガ生態系の下での農業です。一面、茶褐色の世界で、緑に見えるのはサボテンだけといった風情のところで、耐乾性の豆科の飼料木を植えて水を集めて、その周りで乾燥に強いサボテンやサトウキビを育てる。そして、ヤギを飼って、乾燥地特有の刺のある草木や枯れ草をも、その肉や乳を通じて人間の食物に転換させて利用する。このような乾燥地生態系に適合した農業がありました。

 以前にアメリカ・シアトルで"Water-wise Botanical Garden"を見たことがあります。それぞれの植物の持つ水環境との関係での生育特性をうまく利用した節水栽培の見本園でした。なるほど"水に賢い"かと、感心したのですが、ブラジルの乾燥地帯で"賢い人間の営み"をあらためて思い知らされました。

 一方、後者の潅漑農業には、目を見張るような最先端の技術を駆使した農業がありました。ヒオ・サンフランシスコの水を汲み上げて配分する巨大な潅漑システム(日本の支援による)と節水型の点滴潅漑や局所スプレー技術を組み合わせたプロジェクト・ジャイバのバナナやマンゴーなどの果樹栽培。ダムや深井戸などを水源としたピボ・セントロを使って、一周すると数十から数百ヘクタールの畑に散水・施肥・薬剤散布ができる潅漑農業などです。乾期の強い日射の下での作物の高い成長力、病気や害虫の少ない環境(数百ヘクタールのトマトやキャベツを天敵利用の無農薬栽培をしていたり)、他の地域や他の方法では栽培できないために形成される高い価格など、乾燥地・乾期の悪条件を逆にプラスに転ずる農業でした。

 しかし、このような潅漑農業の拡大が水源の枯渇をもたらすのではないかという危惧の声もありました。セハード開発当時から、農地開発の際には20%の原植生(森)を残すことが義務づけられていますし、サンパロウ州では既存農地の樹木の伐採は一切禁じられていますし、植林も奨励されていました。でも、まるで海のようなサトウキビ畑やオレンジ園、山のてっぺんまですっかり草地化された放牧場が、行けども行けども呆れるほど続く光景を見ると、水源涵養は大きな問題に違いないと思わされました。

 ダム建設のために違法に森林を伐採した人が受けたおもしろい判決を聞きました。罰金を課すというのではなく、「その森を復元させるために○万本の苗木を植えなさい。その樹種はユーカリのようなものはだめで、水源涵養力が高く、野生動物の棲息にも適するブラジルの木とすること。」というもので、植林の進行もしっかり監視されているとのことでした。すばらしい判決だと思いました。

 さて、今日、明日と、日本の、鳥取の、最先端の砂地農業の事例を見たり、そこでの農作業の問題やそれを克服するための研究を学ばさせてもらえることをうれしく思っています。秋季大会・シンポジウムを準備して下さいました唐橋実行委員長、井上副委員長はじめ、鳥取県・鳥取大学の会員、関係者の皆さんに心から御礼申し上げます。

 私たちの学会は、一昨年には奈良の吉野で柿やナスを、昨年は新潟の五泉で球根類を、そして今年の鳥取の砂地農作業の、と、地域特産の農作業の問題に焦点を当ててシンポジウムを行ってきました。地域の農業とそれに取り組む地域の研究者の仕事を大事にすることを農作業学会の活動の一つの柱としています。まだ農作業学会に入っていない方々には、この機会にぜひ入会していただくようにお願いして、会長の挨拶を終わります。

 

No.19 世界の乾燥地農業のこと、鳥取シンポジウムから考えよう

幹 事  高垣 美智子

 本年8月に、2003年度秋季大会シンポジウム「砂地農業の現状と農作業問題」が鳥取大学農学部で開催されます。鳥取砂丘を取り巻く砂地において行われている農業の現状と、農作業問題に関する講演が予定されています。

 鳥取県は、砂と農作物栽培の戦いの歴史が日本で最も古く、また「プロジェクトX」級の砂地克服のとりくみと成果は有名です。砂地を如何に作物栽培に利用していくか、というノウハウの蓄積は日本一の地域と言っても過言ではありません。この蓄積が、鳥取大学乾燥地研究センターにおいてさらに追究され、全国ひいては全世界の農業生産向上の研究展開に果たしている役割は大きいものです。

 現在、世界では8億もの人々が食糧不足で飢餓に瀕しています。進行しつつある水資源の枯渇に伴って、さらに食糧危機が拡大するのではないかと懸念されています。

 このような事態に対処するべく、様々な取り組みがなされています。そのうちの一つが、乾燥地において有効な農業技術の開発であり、不良土壌の耕地化です。

 この問題に対して、「農作業学がどのような視点から取り組めるのか」という方向性を、このセミナーから少しでも見出すことができるならば、農作業学会の活動の場が、また一つ広がると思います。また、農作業学以外の分野のみなさんにも参加していただいて、多様な切り口からの見解を聞かせていただければうれしいです。

 鳥取県でこれまで取り組まれてきた研究や対策、問題点を、中近東やアフリカなどの乾燥地、砂地の農業に如何に適用していけるのか、みんなで考えてみませんか?

 鳥取砂丘で会いましょう。

 

No.18 松山に行ってきました

副会長・組織活性化委員長  坂井 直樹

坂井直樹副会長 日本農作業学会平成15年度春季大会は、桜の花のみごろがもう少しという中で、愛媛大学農学部を会場として3月29()~30()に開催されました。ご尽力いただいた鶴崎孝大会運営委員長をはじめ愛媛大学のスタッフに改めてお礼を申し上げます。

 演題数が大会史上最多の78、それに3つのテーマセッション(「高齢化社会に対応した農作業技術の提案」、「カバークロップを取り入れたエコ・ファーミングの展開と農作業研究」、「JABEE教育プログラムの現状と課題」)が加わり、かなりの盛会となりました。テーマセッションが終了する最後の最後まで多くの参加者が会場に残っていたのが印象的でした。これらのことから判断して、参加者数も恐らく大会史上最多となったのではないかと推察されます。講演も、3会場に分かれて同時進行されるという方式が昨年の千葉大学園芸学部大会で経験済みです。一人の講演者の立場から申しますと、OHPの操作をやってくださる人を配置していただいたことは助かりました。また、道後温泉で開かれた懇親会においても、細部まで気配りを怠らなかったスタッフの心遣いが分かるようでした。

 本大会では、日本農作業学会学術賞(富樫辰志・下坪訓次の両氏)もめでたく誕生しました。研究範囲が拡大するといういう意味でうれしいことですが、時代の流れを意識させる講演や従来のカテゴリーに入りにくい研究なども増えてきました。プログラム編成ではさぞやご苦労があったものと推察されます。若手研究者による座長も定着してきた観があります。いく人もの新入会員があったそうです。このような時代の息吹を感じる状況の中で、30日の昼休みには「組織活性化委員会」を開催し、将来構想についてご検討いただきました。わが学会の守備範囲は確実に拡大しております。ただ、少々残念だったのは、例年おみかけする先輩会員のお姿が少なかったように感じられることです。東京からの距離が関係したのかもしれません。来年の大会は、日本大学藤沢校舎で開かれる予定です。是非、先輩会員の元気なお姿を拝見できればと願っています。 

 

No.17 松山へ行きましょう。松山で会いましょう

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 会員のみなさん、年度末の諸事に、忙しい日々を過ごしておられることと思います。

 それらを処理して、週末には、学会の春の大会に参加するために、愛媛大学農学部松山へ行きましょう。

 すでにプログラムをご覧になって、皆さんお気づきのように、今年の講演会では、研究の対象も広い範囲に及び、研究の方法も多様で、実に盛りだくさんの発表が行われます。個別の発表は78課題に及び、運営委員会は3会場を用意してくれました。

 それに加えて、テーマセッションが、うれしいことには会員が提案してくれた二つのテーマもあって、3テーマについて開催されます。ここでの発表を含めると、のべ87課題という学会史上最多の発表が行われることになります。発表者の所属機関も、大学、独法・公立の試験研究機関だけでなく、改良・普及センターも、さらに、今までにないほど沢山の民間企業が加わって多彩です。松山大会が、農作業研究の新たな発展の可能性を開く大会になるのではないかと心躍らせています。

 このようなわけで、今年の春の大会は、いままでの大会以上に、参加するみなさんにとって、新しい知見が得られたり、参加者同士で真剣な討論を交わしたり、共同研究のきっかけを掴めたり、すばらしい経験のできる大会になるにちがいないと、期待している次第です。

 さあ、みなさん、松山で会いましょう。道後の湯もわたしたちを待っていてくれることでしょう。

 

No.16 地域から特産物生産の農作業研究情報を発信しよう

-平成14年度秋季大会、球根・切り花シンポジウムに参加して-

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 10月25日、新潟県 五泉市で開かれた秋季大会シンポジウムに参加しました。五泉市は昭和初期からチューリップ球根の栽培を始め、現在、約30haで 6百万球、 1億円以上を産出している日本の代表的なチューリップ球根産地です。「球根および切花生産に関する農作業上の諸問題」というテーマを討論するには最適のところでした。シンポジウムの具体的な内容は、『農作業研究』第37巻別号2、ならびに次号の会誌に掲載されるでしょうからぜひご覧下さい。

 私が興味をそそられたのは、このチューリップ球根のような地域特産的な農産物生産の作業の問題をだれが研究し、その改善のための機械の開発などをだれが行っているのかということでした。ちなみに、チューリップ球根の生産は富山県が54%、新潟県が35%と著しく偏在しており、またユリ球根は、鹿児島県59%、北海道19%、新潟県16%です(平成12年)。これらの球根は、まさに限定された"地域"の"特産"と言えるものでしょう。

 球根生産の労働負担が大きく、なかなかやっかいな作業が多そうだということは、私たちがお店で買ってくる一個一個きれいな装いに仕上げられた球根を10万球も20万球も出荷することを思えば、大体想像がつきます。球根生産の農作業の改善のために、さまざまな機械が使われるようになっていました。JA五泉よつば園芸連の小林文夫さんの報告の中に出てきたチューリップ球根生産に特有の作業機は、球根植付け機、球根覆土機、球根掘り取り機、球根株分離機、球根選別機、球根調整機、球根乾燥機、球根クリーナー、球根カウンターなど、実に多岐にわたっていました。

 これらの機械が開発され、市販されるまでには、生産過程の労働負担についての改善の訴え、問題提起、そして生産者自前での改善の工夫・提案、JAや普及センターの技術者の改善支援、そして地場の機械メーカーによる開発研究そして生産、販売まで、多くの人々がさまざまなレベルでかかわっていることでしょう。これらの開発研究の過程で、農作業学会のメンバーはどんな役割を果たしているのかと気になりました。また、これらにかかわる人達が農作業学会に入会してくれるといいのだがと思いました。

 全国共通のメジヤーな売れ筋技術じゃない地域特産物生産についての作業改善、作業機開発は、やっぱり地場でやるしかないのです。そして、その成果が直接及ぶ範囲は狭いかもしれませんが、それは、生産者から機械の開発者、すべての生産・販売にかかわる人々と、地場生産の発展のための問題解決を一歩前進させた喜びを、直に共有できるかけがえのないすばらしい仕事だと思います。また、多くの地域で活動している農作業研究者や地域特産生産者関係者を勇気づけてくれるにちがいありません。

 全国には、さまざまの地域特産農産物があります。そして、それらのもっている価値 が、そこの地場だけでなく、全国的にも改めて評価される時代を迎えています。各地の農作業学会会員の皆さんが、これらの生産にかかわる農作業改善についての"地方発" の研究情報を、「学会ホームページ」や『農作業研究』を通じて、広く全国に発信してくれることを期待しています。

 

No.15 ドイツ・オランダの園芸福祉を学ぶ

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長1.日本園芸福祉普及協会による調査

  6月2日から8日まで、ドイツ、オランダにおける農業・農村の福祉的活用の調査に行ってきました。この調査は、私も会員である日本園芸福祉普及協会が企画した「ヨーロッパ園芸福祉とフロリアード2002」に参加して実現したものです。園芸福祉普及協会は、植物や園芸・農作業を介してもたらされる福祉・健康・教育・環境・コミュニティ形成などの効果の調査研究、普及啓発、実践活動を通じて、福祉環境の充実、新しい暮らし方の創造に寄与することを目的に、昨年設立されました(理事長は進士五十八東京農大学長)。

 調査団には、多士済々、個性豊かな18名が参加しており、その所属・仕事は、住宅介護サービス、看護・介護指導者、障害児施設保育士、園芸種苗会社、花の総合センター、自然調和型農業のコンサルタント、園芸福祉の法人や生産組合、都市・農村の地域計画プランナー、大学農学部教員、福祉に取り組む県議会議員など、広範囲にわたっていました。

2.私の「農作業研究」の発展として

 私は、人と生産手段・生産対象との関わりについての農作業研究(日本農作業学会)の研究蓄積を、農業の"生産"にとってだけではなく、人々の幸せな暮らしのためにも活かしていけるはずであると考えています。この思いを込めた論文を、すでに日本農作業学会の会誌『農作業研究』に投稿しています(農作業研究の新たな社会的貢献の場としての"園芸療法"、農作業研究 33(1):19-24,1998)。

 また、土・水・緑が豊かで人に優しい環境を持ち、土や植物・動物と触れ合う機会をつくりやすい農村こそ、精神的・肉体的にハンディキャップを持った人々のリハビリテーションやセラピーの場として適しているのではないかと考えて、「福祉農村」という構想を提案しています(障害者と高齢者が関係者と共に人間らしい生活の実現をめざす~「設楽福祉村キラリンと~ぷ」のこと、労働の科学、56(5):23-27,2001)。さらに、今回行動を共にした近藤龍良氏(協会専務理事)と共編著で『園芸療法のすすめ』という本も出しています(吉本・塩谷・近藤,創森社,1998)。

 今回調査したドイツの「クラインガルテン」(フランクフルト市)、聖アレクシアス精神病院(ノエス市)の農場で行われていた「エコセラピー」、オランダのユトレヒト技術専科大学(ユトレヒト市)の「クリエーティブ・セラピー」や「ケア・ファーム」は、農村・農作業福祉を考えるために、とても参考になりました。

3.調査した実践事例から

 聖アレクシウス病院には広い牧場、畑、林があり、そして、きめ細かい配慮のもとに整えられたエコセラピー実践のための中小家畜飼育(ウサギ、ニワトリ、ヒツジ、ブタ等)、露地とハウスでの花・野菜・果樹等の園芸を行っていました。「広い農場の中に病院がある」と言った方が良いでしょう。もともと、このような形態の病院が多かったとのことでした(今ではかつての10%ぐらいに減少した)。ここでは、農場を活用した療法を"エコセラピー"と呼んでおり、患者(入院・通院)の状態に応じて、トーク、ボディー、ダンス、音楽、クリエイティブ、理学、社会等のさまざまなセラピーや薬剤投与治療と組み合わせて行っているとのことでした。医師、看護婦、セラピストが連携してその実施に当たっています。セラピーは小さな相手(小さな動物、芽生えの植物や小区画の畑)に取り組むことから始めること、はだしで歩いても大丈夫、足裏からまで癒されそうなふかふかのクローバ植生や木片チップを敷き詰めた足場になっていることなど、長い経験に裏付けられ、科学・技術にまで高められている心にくいほどの配慮に感心させられました。

 オランダのユトレヒト技術専科大学には植物や動物との関わりを活かしたセラピーを学ぶコースがあります。自然や農業と関わるセラピーが多様なクリエイティブセラピーを構成する一つの分野として位置付けられていました。そして、このセラピーの基本は「人間も自然の一部である」ことであり、患者にその感覚、精神的・肉体的なバランスを呼び覚まさせることだということでした。また、その実践手法は、カテゴリー(労働、芸術、学術)とそれらの活動要素(内と外、生きた材料、自己確認、時間、重・軽の労働の組み合わせ)とによって体系化されていました。いくつかの適用事例の説明を聞きましたが、大いに参考になるものでした。

 また、オランダには農業経営を活用して行われる「ケアファーム」(介護農家)という制度があり、農業経営の収入確保のための意味もあって、この制度を導入する農家が増えているとのことでした。ケアを受ける人は日本のような介護保険を使います。日本でもやれそうに思われたので、日本側からの質問が集中しました。農民自身がセラピスト資格を持つこと、あるいは大学等で教育を受けたインストラクターをおくことが前提となっていることが制度実施の前提になっていることが大事なところでした。日本ででこの制度を導入するにも、それらの条件を整備することが求められます。

4.これからの研究・事業の発展のために

 参加者たちには、帰国後、今回の調査結果を、各人の持ち場で実践的に活かしていこうとい共通の気持が生まれました。そう遠くないうちに、全国各地から、また、さまざまな分野で、それらの成果が聞こえてくるに違いないと確信します。

 また、今回の調査は、個々の参加者にとって有意義なものであっただけでなく、国際交流を通じての園芸福祉、あるいは農村・農作業・エコセラピーといった活動の発展の契機を成すものとなったのではないかと思います。ヨーロッパの実践者たちは、いずれも我々に対して今後の交流の継続と、彼らを接点とする国際的なネットワークへの参加を呼びかけてくれました。日本側の取り組みを進め、それを広く発信することを通じてこそ、ヨーロッパなどからの情報をより広く受信できることになるでしょう。

 次回は、滞在型での体験的調査をすることが必要かと思います。また、北米での調査のもしてみたいと思います。

 

No.14 学会の活性化策

副会長・組織活性化委員長  坂井 直樹

坂井直樹副会長 平成14年度の本学会春季大会は、桜の花が舞い散る中で、千葉大学 園芸学部を会場として3月30()~31()に開催されました。

 ご尽力いただいた飯本光雄大会運営委員長をはじめ千葉大学のスタッフに改めてお礼を申し上げます。

 演題数が大会史上最多の74、それに二つのテーマセッション(「精密農業と農作業研究」、「カバークロップをどう生かす?持続的農業のための農作業からのアプローチ」)が加わり、かなりの盛会となりました。

 3会場に分かれたということは、がんばっても3分の1の講演しか聞くことができないというもどかしさがありましたが、これはこれで望ましい傾向かと思います。

 時代の流れを意識させる講演が少なくありませんでしたし、なにより若手研究者による座長も目につきました。

 当日、急いで間に合わせたカラーコピーを総会の席で配布いたしましたが、ようやく入会案内(改訂版)ができあがりました。

 組織活性化委員会の田島淳幹事にお骨折りいただいて日の目をみたわけですが、このたびは米川智司情報委員長にご協力いただき本学会のホームページにダウンロード可能なかたちで掲載していただきました。

 実は、この段階ですでにいくつかの記述ミスが発見され、可能なものについては早急に手当ていたしましたが、まだミスが隠れているかもしれません。

 恐縮ですが、みなさまにもご注意いただいて、また掲載写真などについてもよりよいものをご提供いただいて、さらに充実した入会案内にしていくことを願っております。

 しかし、たとえどのような立派な入会案内ができたとしても、机上に置いておくだけでは用をなさず、会員獲得のための有効な武器として積極的に活用していただく必要があります。

 一方、学会の本質としては研究の発展が不可欠であり、これが何よりの会員増加につながる源泉であると信じております。

 今後とも、諸点で本学会の活性化にご協力くださるようお願い申し上げます。

 

No.13 2002年 年頭所感

国民レベルの底力に依拠して、2002年をいい年にしましょう

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 昨年は、世界的にも日本でも、お世辞にもいい年とは言えなかった。我が国の経済状況を表す指標は軒並み悪化の一途をたどった。"貧乏神"とまで言われた森首相に変わって登場した小泉首相は、国民にどれだけ、いつまで"痛みに耐えて"我慢すれば明るい展望が開けるのかというビジョンを示さないで"改革だ"と叫んでいる。日本経済全体が縮み志向でマイナスを拡大再生産しているとしか私には思えない。そのまま行ったらどうなるか? シュリンクした経済の痛みに耐えかねて年越しができない市民が暮れにはとうとう叛乱を起こしてしまったアルゼンチンがその見本のように思える。

 経済全体が冷え込めば食料供給産業である農業にも当然のことながら陽が当たる訳がない。農業の生産手段を担う農機産業も当然そのあおりを食うことになる。

 新年早々湿っぽい話をして申し訳ないが、これが本当なのだからいたしかたない。それを認めた上で、これを乗り切って行くためにはどうしたらいいかを考えて行動しなければならない。

 ところで、昨年末の農業・農機産業動向のデータをみると、売上げは減っても経常利益は維持あるいは増やしている農機販売店の割合がかなり高い。平成12年度の結果だが、農業経営体の農業収入は平均 4,848万円で前年比 4.4 %増、所得率は24%を確保している。また、類型別経営動向調査によると、農業所得率が露地野菜で60~80%、畜産では70~90%で所得も 410~710万円というホントかなと思うほどの実績が示されている。農機店にも生産者にも経営改善に取り組んでいる努力が伺われる。すごいと思う。

 そして心強いのが食料品モニター調査の結果である。生鮮野菜では実に85%が国産を選び、全体でも国産志向が60%以上に上っている。価格も下げ過ぎると国産が停滞したり安全性がおろそかになるという答えが三分の一以上もある。消費者はちゃんと分かっている。

 どれをとって、国民レベルではすばらしい判断力があり、すごい努力をしていると感動する。この力に依拠すれば、農業を、関連産業を元気にしていけると思う。研究部門は、それを支えられるいい仕事をしなければならない。ここまで、考えが行き着いたので、さわやかな気持ちになって、皆さんにご挨拶することができる。

 "新年おめでとうございます"。 

 

No.12 日本農作業学会とともに歩んでいきたいこと

副会長  坂井 直樹

坂井直樹副会長 本学会の副会長を拝命している坂井です。組織活性化委員会を担当しています。この委員会の任務は、文字通り活性化を図ることにあります。このために、支部を含めた組織全体の活性化を進め、結果として会員拡大や社会貢献につながるシナリオを考えなさいという具合に理解しています。委員には、各支部長に参加いただいています。田島淳幹事とともに、委員会では手始めに入会案内の改訂を進めています。少しでも魅力ある案内づくりに苦労しています。仕事の性格上、会員の皆様のお力を借りなければならない場面が少なくありません。どうぞよろしくお願いします。

 話は変わりますが、本学会は広義のソフトウェアを究明する学会であるといっても過言ではないでしょう。また、いつも人間のことを念頭に置いているのも特徴です。研究対象は多岐にわたりますが、これまでは生産に直接関係するものが多かったように感じます。最近では、狭義の生産効率だけを考えるのではなく、周辺の問題、例えば健康生活や環境を意識した生産といった具合に対象は拡大しつつあります。

 最近は「環境にやさしい」だの「エコ○○」という言葉をよく耳にします。ざっと思い浮かべるだけで、心地よいオブラートに包まれた言葉が速射砲のように口をつきます。欧州などでは、以前から農業は破壊活動であるという認識が根強く、そこから議論をスタートさせる風潮があると聞きます。つまり、農業はいずれにしても環境に悪影響をもたらすということを認識した上で、少しでもその悪影響を軽減させる方向にもっていくべきというものです。

 私たち日本人の場合、資源循環の重要性を知り、循環型社会へ移行していかなくてはならないという風潮に対して、おそらく総論で異議を唱える人はいないでしょう。しかし、各論になると話しは別です。生活がもろに障壁として前面に出てくる場合もあります。私たちはつい身近なことのみで良否を判断しがちです。例えば、牛乳パックから葉書などを作るのは楽しい仕事です。しかし、牛乳パックを捨てるのはもったいないということで、納得がいくまできれいにするにはどれほどの水(高度に殺菌された水)が必要かご存知ですか。新たに作られた排水の浄化にもまたエネルギーや資源が必要です。原子力発電にしても、大量の廃棄物を想像もできないほどの長期にわたって安全に保管するのは一体誰の仕事なのでしょうか。まだ見ぬ未来の子孫であることは間違いありません。風力発電にしても、景観や騒音が気になる人にとっては、耐え難い苦痛になるはずです。資源はすぐにゴミとなります。ものごとには必ず表裏があり、いつも両者のバランスを取りながら、トレードオフの問題としてトータルにみていくという姿勢が重要と思います。

 たくさんの研究テーマが解決を待って、わたしたちの周辺に転がっています。その中には姿が見えにくいものもあるはずです。少しでも持続可能(この場合は単に人間のことだけを考えない)なシステムを、一緒に考えていきませんか。このためには、旧来の技術偏重型あるいは開発指向型に立脚した類似研究だけでは不十分です。いまこそ本学会は独自性を主張していこうではありませんか。

 

No.11 農の心がテロリズムを抑える

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 10年前の3月、湾岸戦争の最中、私は『農業共済新聞』のコラムに「キントキグサ食べた」という一文を書いた。湾岸戦争の時を上回る米国によるアフガニスタンに対する激しいミサイル攻撃や空爆が続く今、あのときよりももっと残念で、痛ましい思いで、テレビの映像を見ている。

 ミサイル一発で 2億円、一日軽く 100億円以上の戦費と報道されている。なんて馬鹿なことをしているんだと思う。タリバーンや北部同盟が使っている旧式な兵器にしても、米英仏露中などからの購入品であろう。まるで兵器の在庫一掃・実演見本市である。これでまた増産に取り組めるわけで、それらの国の軍事産業はぼろ儲けである。莫大な金とエネルギー、そして貴い赤い血が、アフガニスタンの砂漠や荒野に吸い込まれていく。戦火を避けようとして越境したり、逃げ惑う人々、なかでも、やせおとろえた子供たちの悲しげな黒い瞳を、私は見るに堪えない。この子供たちは、生き延びることができれば、きっと鋭い目をした次代の反米欧・反キリスト教のテロリストとして"立派に"育つにちがいないと思う。彼らには難民キャンプでの暮らし、タリバーンの学校での暮らし(ここならタダで文字も教えてくれる。ただし、コーランを通じて、また彼らの思想も一緒に)しか経験できないのかもしれないからである。テロは絶対に、許せない。しかし、子供たちの心の中で育って行くテロリズムを武力で抑えることは決してできないと思う。

 それを防ぐ一番良い方法は…あの不毛の砂漠、山地を、おそらくずっと昔そうであったように、森や草に覆われた緑の大地に生まれ変えさせることではないだろうか。ジャン・ジオノの『木を植えた男』の話しは、フレデリック・バックのあたたかい画を伴って、私にそう諭してくれる。荒野でのすさみやすい心も、緑の地ではやさしくなるにちがいない。アフガニスタンの荒野の道を家族連れで歩いていた男はが言った-「もう一度、畑を耕して、羊を飼う日にもどりたい」と。 キリスト教とイスラム教は、どちらも厳しい荒野で生きるための戦いの中から生まれた教えだから、万物に生命あり神宿るという森でうまれた教えのようなわけにはいかないのかなあとも思う。これからの世の中が、ハンチントンの『文明の衝突』の筋書きどうりになりそうで、危ない。

 農業にかかわるものとして、私は"他の命を育み、その命によって人は生かされている"という農の心で、互いに異なる文明のもとで育ちながらも、世界のひとびとが仲良く暮らせるようにしなければと、痛切に思う。そのために、戦争はやめて、その金、エネルギー、知識、技術を、農業と環境保全に使えと言いたい。

"キントキグサ 食べた"

 麦畑の雑草を調べていて、ふとキントキグサを思い出した。スベリヒユという夏の畑雑草なのだが、マツバボタンのような草で、その茎が赤みを帯びているところから、キントキグサとかヨッパライグサとか呼ばれている。この草に私は特別の感慨がある。

 第二次大戦中、父は出征していて、街で商売をしていたわが家では思うように食べものが手に入らず、私たち六人の兄弟姉妹はいつもひもじい思いをしていた。私たちは食べられる草を探しに郊外の野原に出かけた。その時にキントキグサをつんだ。おひたしにして食べると、ちょっとぬめりがあって、つるっとした舌ざわりが何ともおいしかった。

 こんな思いが背景にあって、私は農学の道に進んだわけだが、畑仕事の時に実に立派なキントキグサに出会う。こんなおおきなのがあの時見つけられたらどんなにうれしかったかと思う。輸入依存の飽食の中にあって、こんな草を食べるのは優雅な趣味人を除いてはいないだろう。

 ところで、世界に目をやると、かなりの国々に食料不足で苦しんでいる人々がいる。こんな時に、ペルシャ湾岸では膨大な狂気の破壊が行われている。ここで浪費している知と富とエネルギーによって、飢えている人々にどれだけの食料を供給し、また食料不足の国々の農業生産をどれだけ向上させることができるだろうか。殺りくの代わりに多くの生命を救うことができる。

 第二次大戦当時のひもじかった少年は痛む心をもって思う ―やめろ戦争、築け農業。

『農業共済新聞』1991年3月13日に掲載

 

No.10 副会長就任のあいさつ

副会長  石川 文武

石川文武副会長 「石川さん、副会長ですよ」と選挙管理委員会からの報告を受けたときに、「そういう役割を担わなければいけない年齢になったのか」と感じました。会長を補佐する役割ですから、塩谷会長が寝込まないように健康管理するのが一番の仕事と考えています。

 小生は昭和44年の入会で、当時は、農事試験場の方たちが業務の傍ら研究会の運営に取組んでいることに感銘を覚えたものです。その後、発表したり、聴講したりのノンポリ会員でしたが、いつの間にか、常任幹事になり、企画委員長になり、事務局長まで仰せつかるようになってしまいました。研究の実績として自慢できるものは少ないのですが、生まれながらの「一言多い」性格が災いとなって、副会長に推されてしまったようです。

 今期は副会長の職務に加え、三回目の企画委員長を任命されました。本学会の会員の方たちは、作物、栽培、気象、経営、経済、機械、施設などそれぞれの専門から取組んでいますが、農業者はそれらをすべて総合化して取組んでいるわけです。「農作業学栄えて農業現場も栄える」と言われるような成果を学会として示せるように皆様の取組みをバックアップしていきたいと考えています。

 

No.9 2001年4月10日 会長就任挨拶

農業・農村の現場は会員の皆さんの研究・普及の取り組みを待っています

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 会員の皆さんによる選挙の結果、再び会長に推されて、大事な役目を引き受けることになりました。皆さんとともに、「農作業合理化の研究」を発展させ、その「技術の普及を図」って行きたい(本会規約第2条の「目的」)と思います。"農業生産・農村生活の現場の問題の解決と発展に貢献しうる"学会、個性豊かで多様性のある学会という特色に、さらに磨きをかけて行きましょう。会員の皆さんの研究活動のいっそうの発展を期待しています。

 さて、この3年を振り返ってみますと、==会員の新陳代謝による若返り、==ホームページの活用による情報受発信の活性化、==会誌の編集環境の整備、『農作業学』の刊行等による学術的基盤の強化、==新たな大会会場(生研機構、農研センター(当時)、神戸大学)の開設による参加者の広がり、特に初の地方開催(神戸大学)、==タイ国セミナー開催、英文投稿の増加、==山下氏(愛媛大)・宮崎氏(野茶試)への学術賞授与など、多くの前進がありました。会員の皆さんの活動を反映した成果です。

 これからの3年間の学会活動で私が一番期待しているのは、農業生産の現場からの研究・普及・情報の発信をもっと増やそう、それにかかわる人々の参加をもっと広げよう、そのために、その結果として支部活動を強化しよう、その取り組み、成果をホームページにも、会誌にも反映させようということです。何故ならば、ここに農作業研究の原点があるからです。また、同様のテーマを追求している会員が連携して、グループ活動、共同研究を発展させてほしいと思っています。

 日本の、発展途上国の、農業・農村の現場は、農民は、農作業学会の会員の皆さんの研究・普及の取り組みを待っています。

 

No.8 農機新聞2001年元旦号:年頭所感

築き上げてきた歴史の誇りと長期を展望した楽天性をもって、新世紀に臨む

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 さあ、2001年、新年そして新世紀の幕が開きました。皆様とともに、元気にこの時を迎えられましたことをとてもうれしく思っております。新年おめでとうございます。

 この100年、日本は「近代化」の道を突き進んできました。特に工業国としての発展が誉めそやされますが、それは農業の生産性の向上があり、両者のバランスがとれて展開してきたこと、そして、世界史的な時代背景にうまく適合し得たことによって可能になったのだということを、発展途上国を訪ねることが多くなったこの頃、特に強く感じるようになっています。だからこそ、農工を融合した農業工学分野を担い、我が国農業・農村の発展に貢献してきた諸先輩、同志の皆さんのことをすばらしいと思っています。また、その一員であることを誇りに思っています。そして、これからも、日本の文化・風土の条件をしっかり踏まえながら、農業・農村における生産と文化のさらなる発展の道を見いだして前進して行けるように努力しなければと思っています。また、発展途上にある各国・地域の人々の歩みの独自性を尊重しながら、その発展に協力して行くことが、新しい世紀における日本の役割として、ますます重要になっているのだということを強く感じます。

 私が現在会長を勤めております日本農作業学会は、「農作業研究会」としての発足以来36年めを迎えました。農作業学会は農業技術の研究分野の中で、常に人間を主役として、農業・農村における研究の最先端と生産・生活の最前線の切り結ぶ現場における問題の解決に取り組んできました。昨年は学会の研究成果の集大成を『農作業学』(農林統計協会)として刊行しました。またタイ国で農作業研究のセミナーを行いました。日本農作業学会が、日本で、世界で、その役割を果たして行けるように成長するために今求められている最も大きな課題は、農作業の現場の問題に取り組む研究の方法論をしっかり築き上げることだと思います。

 さて、これからどんな時代になるのか、…するのか、不安要素は沢山ありますが、あれこれ嘆いたり心配するよりも、長期の展望に裏付けられた楽天性を持って、次々と襲来するであろう諸問題を乗り越えて、社会の安定と人々の幸せな暮らしのために、それぞれの持ち場で挑戦して行いこうではありませんか。ともに手を携えて前進しましょう。

 

No.7 平成12年度秋季大会"寸評"

「ゆとり」の評価をめぐって-知的刺激に満ちたシンポジウム

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 久しぶりに酪農作業の問題に正面から挑戦するシンポジウムとなった。酪農は我が国の農業生産の中で、施設化・機械化の最も進んだ部門である。それだけに農作業の合理化をめぐる最先端の問題が潜んでいる。機械化の研究は、個別作業における人力作業の機械への代替え、さらに進んで工程システムの機械化・無人化へと高度化する。その過程で労働時間短縮・能率向上が前進する。しかし、一般にそれに伴って機械化の経費が嵩み、生産量が増えなければコストが上昇することは避けられない。例えば全自動化のためのセンサーや情報処理機器の導入は物的処理の精度や能率を高めるが、生産量それ自体を増やしはしない。それでも、それらの技術要素を取り入れた新しい機械あるいはシステムを生産者は採用するのか? 採用されるとすれば何が評価された結果なのだろうか。

 本学会会員の草地試験場の機械化研究者たちが開発成果を発表したTMR全自動調製給餌装置(市戸)、堆肥ハンドリング+乾燥システム(伊藤信雄)を大きな資本を使って導入した和田牧場を見学した。経産牛112頭の餌・牛乳・糞尿の物流管理システムはすばらしい。しかし間違いなくコストアップしているはずである。導入の理由は給餌や糞尿処理がタイマーをセットしておけば仕事は済んでしまい、「労働時刻の拘束から解放」されることであるらしい。それを経営者夫人は"心の余裕"と表現した。「牛の調子を見る時間」、「考える時間」が生まれたと言う。この「ゆとり」をどう評価したらいいのだろう。生産者の心身の疲れを緩和して、経営の"持続性"を高めてくれることになるだろうか? 一方、経済的にはゆとりが少なくなってしまったことを考えて、経営主は「将来 150頭に増やすことがあるかもしれない」と臭わせた。しかし、こうなると"いたちごっこ"で、ストレスもレベルアップしてしまうことになる。

 このような機械化の高度化についての技術的評価と経営的評価(経済性と持続性)は発表された「再断型ロールベールサイレージ調製技術」(山名)、「搾乳ロボット」(喜田)等にも共通の問題である。

 酪農は飼料生産と牛乳生産(飼養管理・糞尿管理)というどちら一つをとっても知的・肉体的集中力を要求される生産を複合して行う心身超高度集約農業である。したがって飼養頭数が一定の規模を越えると、飼料生産と牛乳生産を分離して、親兄弟経営とか共同化・法人化等によって経営内で分業するか、あるいは飼料生産経営(飼料会社・コントラクターや「飼料イネ」生産集団等も含めて)と牛乳生産経営との経営間分業を行うかしないと継続が困難になるのかもしれない(青木)。

 ところで、あまり頭数拡大や高泌乳をねらわない「マイペース酪農」も経営の持続性につながる「ゆとり」をもっているかもしれない。しかし、そこでの農作業や経済性を対象とした研究、「ゆとり」を評価する研究は行われていない。

 いずれにせよ、酪農経営の持続性にとって農作業合理化の水準がきわめて大きな影響を与える。今回のシンポでは、作業合理化の新たな評価指標となるかもしれない「ゆとり」について考えさせられた。この課題に挑戦する研究が行われることを期待している。

 

No.6 小松崎 将一のアメリカ便り

会 員  小松崎将一

小松崎将一会員 昨年の7月からノースカロライナ州立大学に勤務しています。ノースカロライナといってもあまりピンとこないかもしれませんが、アメリカ南部の東海岸沿いの州で、日本とほぼ同緯度に位置しています。こちらは四季がはっきりしており、年間の降水量も比較的多いことから森林や湖水が多く、そこでは樹々と湖面がかもしだす美しい景観がいたるところで見られます。

 この美しい湖水も近年かなりの水質汚濁が進行しています。ノースカロライナはタバコ、トウモロコシ、綿花などの伝統的な南部の畑作物生産に加えて、畜産とりわけ養豚業などが飛躍的に伸びています。その結果、飼料の多くは州外から購入され、州内での窒素バランスは著しい不均衡に陥っています。そのために養豚業などのいわゆるポイントソースからの窒素流出に対して同州では連邦よりも厳しい規制がなされています。しかしながら現状の農家施設で、その水質基準をクリアすることは難しい場面があります。ここで面白い取り組みとして、ポイントソース源単独で基準をクリアできない場合は、近隣の農家に費用を負担して窒素流出を防ぐ農法を採用してもらい、地域としてその基準を達成するということが行われています。土壌・水質保全につながる農法の総称をBest Management Practices (BMP) といい、そこでは、保全耕うん、カバークロップの利用、土壌養分管理など農作業がメニュー化されており、その各農作業を実施した場合の窒素流出削減に対する効果が計算されます。農家はそのメニューの中から実施可能な農作業を選択し、その作業体系に取り入れることで窒素流出削減に応じたCreditを得ます。

ノースカロライナ州立大学にて アメリカでの水質汚濁源の2分の1から3分の1は農業によるものとされています。これらの対策には、排水整備、植樹などのハードな部分に加えて、農作業というソフトの部分も重要視されています。農家が土壌、水などの地域資源をいかに管理して持続性の高い農業を実現できるのか?この問題解決には、日常の農作業がもたらす環境系へのインパクトを把握することが不可欠です。そこでは水質、土壌の質、大気の質の側面から農作業を評価しようという研究も数多く行われています。

 投機的な側面が強いと言われていたアメリカ農業ですが、地域資源を維持管理するというStewardshipを農業経営の基本におこうという考えも広がりつつあります。実際、同州でもタバコなど南米産に圧され気味であるし、野菜生産はカルフォルニアなどの州外との競合で厳しい状況にあります。しかしながら、地域が持続的に発展するサスティナブル・コミュニティを考えた時、地域資源を維持管理する農業のあり方、とりわけ持続的農業の重要性に対する認識がひろがりつつあります。それは、Stewardshipを基本とした農業を行っている人々を価格的に支援しようという動きに通じています。

 農業生産と並行して地域資源を維持管理する農作業のあり方、これは地域、土壌、作物などの条件によってそれぞれ異なるでしょう。この21世紀の重要課題に対して、アメリカでは農法を異にした比較実証試験の重要性が強調されています。日本とはちょとスケールが違いますが、ここでも農作業研究の期待される領域の広がりを再認しています。

 

No.5

編集委員長  坂井 直樹

坂井直樹編集委員長 こんにちは、編集委員長の坂井です。私は、今年の夏休みに一冊の本を読みました。その本は私にとって大変興味深いものであり、もう少し早く手にしておけばよかったというものでした。著者は村上陽一郎氏、書名は『科学者とは何か』、新潮選書(株式会社新潮社発行、東京、1997、定価900円)です。村上氏については、皆様よくご存知のことと存じますが、科学史・科学哲学がご専門で、東京大学先端科学技術センター教授・同センター長を経て、現在は国際基督教大学教授をなさっていらっしゃる方です。これまでに、『近代科学を越えて』、『歴史としての科学』、『技術とは何か』など多数の著書を世に送り出してきた著名な方です。

 私が読んだ『科学者とは何か』のなかで、とくに日頃の思考を整理するのに役立った部分は、私自身の関心が高く、同時に私たちが研究対象としている「農作業学」にも関係深い「環境問題」に対する学問としてのあり方や接近法についてです。村上氏は、環境問題の特徴としてつぎの3点を挙げています。『第1は、環境問題が国や地域を越えて、文字通り地球規模で考えなくてはならない性格であること、第2は、特定の企業の責任を問い、改善ないしは生産の停止要求を出すことでは解決しないという点で、責任の拡散がいわゆる「公害」の場合よりさらに大きいこと、第3は、今日の環境問題のもう一つの顕著な特徴として、現実に今被害に苦しむ「被害者」が多数存在するという状況であるよりも、むしろ何世代か後の、われわれにとっては未だ見ぬ未来の子孫たちにとって、大きな被害があり得るかもしれない、という可能性に対する配慮にあること』を挙げています。(一部改変して引用)

 そして、環境問題を科学の立場から見ると、これまでの多くの学問が同じように辿ってきた分析的思考とは様相が異なることが述べられています。すなわち、『環境問題の多くは、必ずしも「科学的」にその因果関係が明確に立証されているとは言えないなかで、議論をされることになっている。これまでのわれわれが「科学」として理解してきた領域とは、かなり様相が異なると言わなければならない。現代の科学は、極めて狭い範囲に限定され、実験も理論も出来上がったセッティングのなかで、限定された数の専門家たちが、小さな《something new》を積み重ねるという営みになっている。そうした観点から眺めてみると、環境問題というのは、そのような狭い「たこつぼ」のなかで処理できるような性格のものではないことは、容易に想像ができるだろう。』(一部改変して引用)

 私たちが関心を持っている農作業学も「総合的学問」、あるいは「境界領域的学問」の範疇にあるとよくいわれますが、本書に取り上げられた環境問題と同じく、改めてたこつぼ化の程度を含めて農作業研究のあり方について考えさせられた本でした。もし興味がおありでしたら、皆様もご一読されることをお勧めします。

 

No.4 アナログ思考とデジタル思考

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 本会の春の研究発表を聞きながら考えさせられたことがある。農作業学会には大きく分けると生物系と工学系の研究者が混在している(それがいいところだし、さらに人文社会系の研究者がもっといると良いと思う)。両者の間で、表現や評価において、時々しっくりしない場合があるのではないかと思われるときがある。それは悪いことではなく、かえって、そこでの違和感、矛盾が、問題解決のための新しい発想を生み出す契機になるかもしれないという期待感が、私にはある。

 作物や家畜の「生長」は切れ目のない連続量としてアナログで捕らえられる。それを反映して、生物系の研究者は、ものごとをアナログ的に考えがちなように思う。しかし、果実や卵などは1個、2個、…とデジタルでカウントされるし、コメや大豆は子実個体を集めて60kgを1群として1俵、2俵…とデジタル化して数える。また、生長の量的な蓄積が生育相の転換をもたらす意味での「成長」の段階(ステージ)のように、不連続に「レベル」として捕らえなければならないこともある。デジタル思考で生命現象を捕らえると研究の活路が開けることもあるのではないだろうか。

 一方、物理・工学系の研究者は、計測にしても制御にしても、取り扱う単位は多くの場合デジタルであるかと思う。デジタル思考の人には、もっとアナログ的に、ある範囲の連続量を一くくりにして単位量と考えてシステムを考えたり、制御したりしても良いのではないかと思うこともあった。たとえば、「精密農(precision farming)」 の構成技術を考えるとき、生物(作物や微生物)のアナログ的な自己調整能力や生物相互間の競合あるいは補償機能を頭に置いて、むしろ、「適当農法」(about farming,"まあまあ"の意味で)によって効果的な対応ができるかもしれない技術を考えてもほしい。 生物系と工学系とが、「何かがちがう」ことを疑問や批判で終わらせることなく、そこに何かが生まれるタマゴがあるかもしれないのだから、"わだかまり"をあっさり捨ててしまわないで暖めた方が良いと思う。異なる思考方法を学びあえる農作業学会員であることを生かしてほしいものである。

 

No.3

編集委員長  坂井 直樹

坂井直樹編集委員長 私は、本学会誌「農作業研究」の編集委員長を拝命している筑波大学の坂井直樹です。

 従来からわれわれがかかわってきた機械化や省力化、労働負担の軽減などの農作業の合理化の諸研究に加えて、最近では農業を取り巻くさまざまな環境問題にも応えうるより総合的色彩を強めた研究が増加しています。例えば、「持続性」とか「環境保全」などのキーワードが当てはまる研究が挙げられます。さらには、局所管理を目指したPF(精密農業 Precision Farming)、大腸菌O-157やサルモネラ菌などによる汚染防止策としてのHACCP(危害度分析重要管理点 Hazard Analysis and Critical Control Point)の導入、遺伝子転換作物の市場への登場、新農業法やコメ関税化法の成立などにみられるように、農業を取り巻く状況も急速に変化しています。

 農業と環境のかかわりについては、①環境変化が農業活動に及ぼす影響という視点と、②農業活動が環境変化に及ぼす影響という二つの視点があります。自然の影響を受けやすい農業は、本来はすべての地球環境問題と密接な関係をもっているはずですが、中でも温暖化に代表される気候変動、水質汚染、砂漠化・塩類集積・土壌汚染・土壌流亡という土壌劣化の問題などが農業場面でとくに深刻化してきました。

 このような状況の中で、本学会はできる限り現場から問題発掘を行い、当該問題に関する解明を科学的に進めることはもちろん、さらには「解明」とくるまの両輪のような関係にある技術化を具体的に提案するという使命を担ってきました。

 現在、編集委員会では、レベルの高い論文類をできるだけ多く投稿していただくように「投稿規程」や「執筆要領」の改定、「閲読結果報告書」の改定や「閲読ガイドライン」の策定などを行っています。これらの最新の情報については、本学会のホームページを参照してください。また、本年10月には待望の「農作業学」が刊行される予定になっています。来るべき時代に向けて、さまざまに抱えている問題を発掘し、解決策を提案していくという活動を通して、これからの豊かな社会や農業システムづくりにあなたも積極的に参加していきませんか。

 

No.2

副会長  飯本 光雄

飯本光雄副会長 現代社会は複雑な組織と人間関係の中で、小学生から高齢者に至るまでほとんど全ての人が「ストレス」や「悩み」を抱えており、身体障害者や精神障害者ばかりでなく健常者にも何らかの「治療」や「癒し」を必要とする状況が生じています。これらの対応策として、主に社会福祉施設等で「ホルトセラピ-」、「アニマルセラピ-」など数多くのセラピ-が試みられております。しかし、大学レベル、学会レベルでの取組はあまり聞いておりませんので、園芸療法(ホルトセラピ-)すなわち園芸作業を通して療法に役立つ体系的な研究グル-プ作りをたいと思います。

 多くの農業分野の専門家である農作業学会員はもちろんのこと、医学、薬学、看護学、行動心理学、社会学、その他市民ボランティアの方も含めて大いに勉強しましょう。こんなことも農作業学会は取り組みます。

 

No.1

会 長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫会長 ようこそ、日本農作業学会のホームページへ。私はこの学会の会長の塩谷哲夫です。東京大学農学部農場(1963年)を振り出しに、農林(水産)省の畜試、草地試、農事試、農研センター、中国農試、北陸農試を経て、現在、東京農工大学農学部農場で仕事をしています。

 農作業学会はとてもおもしろい(interesting)、魅力的な学会です。私なりに捕らえている農作業学の特徴は、研究の視点としての"人間との係わりあい"、研究の対象としての"生産の諸所要素間の働き合い"、研究の方法としての学際性・総合性、研究の貢献としての"生産・生活の現場の問題解決" といったところです。他の農学の諸分野では、土壌、機械、農薬、作物等の生産の手段、資材、対象等、それ自体を研究対象としていますが、農作業学では、それらを人間(作業)との関係において、技術の実践における相互関係において研究します(具体的には、春の大会の講演プログラムを見ればよく分かってもらえるでしょう)。

 農学は構成諸学の領域の細分化、研究方法の分析的深化として進んできました。そんな流れの中で、農業生産過程の諸現象をありのままに捕らえる研究、また諸学の成果を統合して技術化、体系化する研究には、分析的方法にとどまらない難しさ、面白さがあります。まだ入会していない方は、この機会に一緒に農作業研究にトライしてみませんか。

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